広汎性発達障害(PDD)

 障害児学級という自分の仕事柄、製薬会社や医師会主催の広汎性発達障害に関する講演会を聞きに行った。主に高機能自閉症(HighFunctioningAutism:HFA)とアスペルガー症候群(ASP)、それに特定不能型広汎性発達障害(PDD-NOS)の定義や脳機能の特徴について話を聞くことができた。講師は京都大学の十一(といち)元三先生。
 まず最初に確認したのが、この障害の定義について。広汎性「発達」障害という名前から、発達の段階で起こる障害としてとらえられることがあるが、これは生得的な脳機能障害だということだ。この点を勘違いする関連機関が多いと言うことだった。
 その要素としては●1)コミュニケーション、対人相互性の質的障害●2)強迫性傾向(教員はよく「強いこだわり」と表現する)の二つを上げている。
 最初の「質的障害」というのはDSM-IVにもあるらしいが、知的な遅滞を伴わないケースもあり、言語発達等に支障がない人もいることから来ている。たとえば語彙の「量的」には問題がなくても、それを対人関係の中で正しく使うことができないといった「質的」な問題を抱える場合である。(※DSM-IVにおけるPDDやASP、HFAの定義も不完全な面もあり、2010頃に策定されるDSM-Vで変わりそうだとのことだった)
 次の「強迫性傾向」は、それが元でパニック・衝動性・多動性・注意欠陥性・独特の感覚や知覚といった「早期関連症状」を呈し、さらには鬱状態強迫神経症的な強迫観念(及び行為)・幻聴・被害妄想・自我違和感といった「後期合併症」を招く場合があるということだった。
 広汎性発達障害の大きな特徴に「相手の気持ちを理解できない」ということがある。他者に意識を向けられないという点は、相手の表情や動きの模倣の困難さをもたらす。感情の発達において模倣ということは非常に重要らしい。模倣できないことが、感情の発達の困難さにつながり、それが「相手に共感する」ということの困難さにつながるということだった。(統計的にも「模倣する力」が「共感する力」と相関関係にあることが示されていた)
 「まねる=まねぶ=まなぶ」という言葉の変化からも分かるように、模倣や繰り返しは教科学習の基本だが、心の発達にも同じことが言えるというのは興味深い点だ。
 知的な問題を伴わないHFAで適切な対処がなされない場合、小中高と学齢期を過ぎ去ってしまい、大学や社会人になって高次な対人関係を処理しなければいけないときに壁にぶつかるらしい。その際不思議(あくまで社会の側から見ての「不思議」)なこだわりを持ったり、その強いこだわりを行動化するようになったりするようだ。残念なことにそれが犯罪に繋がるケースもある。(ただし、PDD・HFA・ASPが社会的な犯罪におけるリスクファクターとして高いかという問題に関しては、まだそう言ったデータがないので確かなことは言えないということだった)
 脳の発達という面からは、海馬周辺の神経を調べたところ、「神経細胞の数は多いけど細胞は小さく、一つ一つの分岐が少ない」という結果が出ていた。人間の脳細胞は生誕時が一番多く、神経節を分岐させて伸ばしていく中で不必要な細胞が死滅していく(神経細胞が減っていく)のだが、広汎性発達障害の脳はその発達プロセスを経ていない可能性があるということだった。
 興味深かったのは、生まれてすぐ扁桃体を切除したチンパンジーの実験の話だ。そのチンパンジーは乳児期から目を合わせたり他者と関わろうとすることがなく、大きくなっても他者とともに行動しないという、まさしく広汎性発達障害の症状を呈していたらしい。ここまで見事に動物実験で人間の症状と適合することはそうそうないらしい。脳機能の深く関わるところとしては扁桃体と小脳の関わりが大きいようだ。
 対人相互作用に大きな障害を抱える広汎性発達障害だが、5才位までの早期療育プログラムで、対人関係においてかなりの改善が見込まれるようだ。ただ、9才位で対人関係の能力は固まってしまうようでその辺は辛いところだ。心障学級の児童で考えると、入学当初のうちにそう言った療育プログラム的な活動を行えれば、一番問題となる対人関係での改善が見込まれるということになる。
 特に文部科学省の推進する特別支援教育において、そういったアプローチがなされるようであれば、多くの障害をもつ児童にとっては非常に希望が持てるのだが……。脳機能障害の観点からその子にとっての適切なアプローチを考えるには医師との連携が必要となる。そういった診断ができるような小児精神科医はまだ日本に1000人程度しかいないらしい。う〜む、難しい。そうなると教員がそういった知識を持っていかなくてはいけない。広汎性発達障害に関する知識や、それぞれの障害に合わせた発達プログラム、学習方法を構築していくだけの力が必要になってくることは確かだ。
 取りあえず自分自身のレポートして、自分なりに学習できたことをまとめてみた。長い日記だ。レポートだから正確に言うと日記ではないが。ちなみに夜遅い講演会だったせいか、サンドイッチまで用意されていた。製薬会社が医師を招待してやる講演会だけに金がかかっているようだ。こっちはロハで講演を聞いてご飯までいただけてしまうのだからありがたい話だ。ごちそうさまでした。